研究テーマ
現在、以下のテーマについて研究を進めています。
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(1)植物ウイルスの細胞間移行メカニズムに関する研究
(2)ウイルス抵抗性遺伝子の発現調節メカニズムに関する研究
(3)病害抵抗性におけるDof型転写因子の機能解析
(4)細胞死を伴わないウイルス増殖抑制メカニズムに関する研究
(5)マコモタケの形成メカニズムに関する研究
植物は、原形質連絡(プラズモデスマータ)とよばれる隣り合った細胞を繋ぐ構造をもちます。原形質連絡では、隣接する細胞同士の細胞膜が繋がっており、細胞間での物質輸送に重要な役割を果たしています。植物ウイルスは原形質連絡を利用して、感染した細胞から周りの細胞へと移動していますが、このウイルスの感染過程を「細胞間移行」とよびます。また、この細胞間移行には、植物ウイルス自身のゲノムにコードされる「移行タンパク質(movement protein: MP)」の働きが重要であることが分かっています。MPは様々なウイルス因子および植物因子と相互作用していることが知られていますが、MPが原形質連絡を介してどのように植物ウイルスの細胞間移行をサポートしているのか、その分子メカニズムについては十分に解明されていません。
最近の研究から、原形質連絡と膜ラフト(脂質ラフト)との関連性が指摘されています。膜ラフトとは、『直径10-200 nmの不均一で非常にダイナミックなステロールとスフィンゴ脂質に富んだ膜ドメイン』と定義される細胞膜上に存在する微小領域(マイクロドメイン)です。この膜ラフト上に特定のタンパク質が集積しており、非生物・生物ストレスに対する応答に重要な役割を果たしていると考えられています。植物特有の膜ラフトタンパク質の一つとして「レモリン(remorin)」が知られており、原形質連絡に局在していることが示されています。ジャガイモのレモリンには、ジャガイモXウイルス(potato virus X: PVX)の細胞間移行を抑制する機能があること、またPVXのMPと相互作用することが報告されており、植物ウイルスの細胞間移行におけるレモリンや膜ラフトの役割に関して注目が集まっています。
私たちの研究室では、ジャガイモのレモリンと最も類似したタバコのレモリン(以下、NtREM)のcDNAをクローニングし、その機能解析を進めています。私たちの実験から、トマトモザイクウイルス(tomato mosaic virus: ToMV)の感染によってNtREMの細胞内での局在が変化すること、またNtREMとToMVのMPが相互作用することが示されました。興味深いことに、ジャガイモのレモリンのケースとは異なり、NtREMはToMVの細胞間移行を抑制することはなく、若干促進する作用をもつ可能性が示唆されました(Sasaki et al., 2018)。レモリンの種類によってウイルス感染における役割が異なるという可能性が考えられます。現在は、NtREMの細胞膜局在性やMPとの相互作用に関わる機能ドメインの解析を進めつつ、NtREMの相互作用因子スクリーニングによりウイルス感染に関わる膜ラフト関連タンパク質を同定することを試みています。
病原体の感染に対する植物の抵抗性のひとつに過敏感反応(hypersensitive reaction/response: HR)があります。HRとは、植物の抵抗性因子が病原体の非病原性因子(エリシター)を認識した結果、感染組織が細胞死をともなう防御反応を誘起し、病原体の増殖を局所的に抑え込む現象です。タバコモザイクウイルス(tobacco mosaic virus: TMV)はタバコを宿主とする病原性ウイルスであり、TMVが感染した感受性タバコにはモザイク症状が現れます。N遺伝子は、TIR-NBS-LRR型のNタンパク質をコードする代表的なウイルス抵抗性遺伝子として知られています。N遺伝子をもつタバコ品種はTMV感染に対してHRを誘導し、ウイルス感染を局所的に封じ込めます。
N遺伝子は、その発現が通常抑制されているのですが、TMVの感染によって特異的に発現が誘導されるという特徴をもっています。これは、病原体がいない状態で抵抗性遺伝子を常に大量に発現させることは植物にとってエネルギーの浪費であるため、病原体の感染に応じて必要な時に必要な量の抵抗性遺伝子を効果的に効率良く発現するように適応してきたためだと考えられます。しかし、エリシター認識に応答したN遺伝子の発現調節というのはどのように行われているのか、また、そのようなN遺伝子の発現調節は実際にウイルス抵抗性の誘導にどの程度寄与しているのか、といった点についてはほとんど分かっていません。
私たちの研究室では、アグロバクテリウム浸潤法を利用した一過的遺伝子発現系を利用し、N遺伝子のウイルス感染特異的な遺伝子発現誘導を解析するモデル実験系を構築しました。私たちの実験の結果、エリシター認識に応答したN遺伝子の発現調節には自身の遺伝子に含まれる4つのイントロン(介在配列)が関与していることを明らかにしました。また、イントロンのもつN遺伝子は、イントロンをもたないものと比べて、ウイルス抵抗性を効率良く誘導することが示唆されました(Taku et al., 2018)。最近の研究から、イントロン1とイントロン2が協同的に働いて転写物量を増加させる機能をもつことを見出しました(Ikeda et al., 2021)。現在は、N遺伝子の発現調節や抵抗性誘導において、4つのイントロンのそれぞれがどのような役割を果たしているのか解明することを目指して機能解析を進めています。
Dof(DNA-binding with one finger)タンパク質は植物特有の転写因子として知られています。Dofタンパク質には多くの植物において高度に保存されたDofドメインが存在し、このドメインがDNA結合ドメインとしてはたらいており,ゲノムDNA上のAAAG配列を特異的に認識して結合すると考えられています。Dofタンパク質は、炭素固定および窒素同化, 二次代謝, 種子中の脂質代謝, 発芽, 維管束形成, 植物ホルモンシグナル伝達, 光周期性開花および落花といった代謝・分化発達・非生物的ストレス応答に関わる遺伝子の発現を調節していることが報告されています。一方で、病原体に対する抵抗性誘導のような生物的ストレス応答に関するDofタンパク質の役割は十分に調べられていません。
私たちは、エリシター認識に応答したN遺伝子の発現調節メカニズムの研究(上述)を進める中で、タバコのDofタンパク質(BBF1・BBF2・BBF3)が病害抵抗性誘導に関わる遺伝子群の発現を調節している可能性を示唆するデータを得てきました(Haque et al., 2009; Takano et al., 2013; Sasaki et al., 2015)。これらのデータはアグロバクテリウム浸潤法による一過的遺伝子発現実験から得られたものであるため、現在はCaMV 35S恒常発現プロモーターを利用した過剰発現タバコとCRISPR/Cas9ゲノム編集システムを使用した遺伝子破壊タバコを作出し、BBFタンパク質の病害抵抗性誘導における役割を調べています。植物における病害抵抗反応において、ウイルスと細菌は拮抗的な関係にあるとの報告を踏まえて、接種実験にはTMVに加えて青枯病細菌(Ralstonia solanacearum)も用いています。
N遺伝子をもつタバコにTMVが感染するとHRが誘導されウイルスの感染は局所的となります。HRでは一見細胞死によってウイルス感染の拡大が止まるように見えますが、実際は細胞死が起こる前にウイルスの細胞間移行が止まることが分かっています。タバコを実験材料とした場合にはHR誘導時に必ず細胞死が起こるため、細胞間移行にどのような変化が起こっているのかを調べることは困難です。そのため、N遺伝子(実際にはNタンパク質)がTMVの細胞間移行を抑制する分子メカニズムはほとんど分かっていません。
そこで、私たちは、アグロバクテリウム浸潤法によってニコチアナ・ベンサミアナ(タバコの近縁種)で擬似的にN遺伝子の抵抗性を誘導する実験系を構築しました。N遺伝子の抵抗性が誘導されたニコチアナ・ベンサミアナでは、細胞死は誘導されることなく、ToMVの細胞間移行が著しく抑制されることが分かりました(Sasaki et al. , 2013: 2021)。また、ウイルスの細胞間移行が抑制されている細胞では、MPが原形質連絡へ局在できなくなっている様子が観察されました(Sasaki et al., 2021)。この細胞死をともなわないニコチアナ・ベンサミアナでのウイルス抵抗性誘導系を使い、細胞死誘導前にウイルスの細胞間移行を抑制する分子メカニズムに迫りたいと考えています。
マコモはイネ科マコモ属の多年生植物です。主に東アジアの水辺に自生し、その実はワイルドライスとよばれます。しかし、黒穂菌(Ustilago esculenta)が感染したマコモは出穂せず、茎が肥大化してマコモタケを作ります。農工大ではマコモタケの栽培・販売をしていますが、マコモタケの成熟のタイミングに個体間や分げつ間で差があったり、マコモタケを作らない個体が発生したりすることから収量が安定しづらいという課題があります。この課題の解決のためには、マコモタケの形成メカニズムの解明が必要です。
私たちはマコモの栽培期間における黒穂菌量の変化とマコモタケの形成効率との関係を調べています。また、マコモタケに寄生している黒穂菌の分離を行い、性状解析やゲノム解析を行って、どのような黒穂菌がマコモタケ栽培にとって有効なのかを明らかにしたいと考えています。